大判例

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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)10201号 判決

原告

片山庄三郎

ほか一名

被告

深瀬寛子

ほか一名

主文

一  被告深瀬寛子は、原告片山庄三郎に対し、金六七四万九五八二円及びこれに対する平成元年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日産火災海上保険株式会社は、原告片山庄三郎に対し、金三三六万七五〇〇円及びこれに対する平成元年八月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告片山庄三郎の被告らに対するその余の請求及び原告誠和エンジニアリング株式会社の被告深瀬寛子に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決の一項及び二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告深瀬寛子(以下「被告深瀬」という。)は、

1  原告片山庄三郎(以下「原告片山」という。)に対し、金二四〇一万〇三九八円、

2  原告誠和エンジニアリング株式会社(以下「原告会社」という。)に対し、金一五九六万一五八一円

並びにこれらに対するいずれも平成元年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日産火災海上保険株式会社(以下「被告保険会社」という。)は、原告片山に対し、金四五五万七〇〇〇円及びこれに対する平成元年八月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

次の交通事故が発生した。

(一) 日時 平成元年一月一一日午後七時二五分頃

(二) 場所 大阪市西成区津守一丁目一番二五先路上(大阪臨海線)

(三) 加害車 普通乗用自動車(なにわ五五り七三六九号)

右運転者 被告深瀬

(四) 被害車 普通乗用自動車(なにわ五六て七八一一号)

右運転者 原告片山

(五) 態様 被害車が前方が渋滞していたため前車に続いて停止中、その後方に停止していた訴外島田俊明(以下「島田」という。)運転の普通乗用自動車(泉五八せ四二七六号)(以下「島田車」という。)に加害車が追突し、そのため島田車が前方に押し出されて被害車に追突した。

2  受傷内容及び治療の経過等

原告は、本件事故により外傷性頸部症候群の傷害を負つたと診断され、松本病院において次のとおり治療を受けた。

(一) 平成元年一月一一日から同月二四日まで通院(実日数九日)

(二) 平成元年一月二六日から同年七月一六日まで入院(一七二日)

(三) 平成元年七月二五日から同年八月三一日まで通院(実日数四〇日)

3  被告深瀬の責任原因(民法七〇九条)

被告深瀬は、前方不注視の過失により、本件事故を発生させた。

4  本件保険契約の締結(被告保険会社)

(一) 原告会社と被告保険会社は、昭和六三年三月二四日、被害車を被保険自動車として、自家用自動車総合保険契約を締結したところ、右保険契約には次の搭乗者傷害保険が付保されている。

(1) 被保険者 被保険自動車搭乗者

(2) 保険金額 一名一〇〇〇万円

(3) 医療保険金(保険対象期間最高一八〇日間)

ア 入院保険金 日額一万五〇〇〇円

イ 通院保険金 日額一万円

(4) 後遺障害保険金

保険金額×支払割合(後遺障害等級一二級の場合一〇パーセント)

(5) 医療保険金についての約款第四章第七条の記載

「当会社は、被保険者が第一条の傷害を被り、その直接の結果として、生活機能または業務能力の滅失または減少をきたし、かつ、医師の治療を要したときは、平常の生活または業務に従事することができる程度になおつた日までの治療日数に対し、次の各号に規定する金額を医療保険金として被保険者に支払います。」

(二) 原告片山と被告保険会社は、昭和六二年一月一三日、次の積立フアミリー交通傷害保険契約を締結した。

(1) 被保険者 原告片山

(2) 保険金額

ア 入院保険金 日額六七五〇円

イ 通院保険金 日額四五〇〇円

(3) 入院保険金の支払についての約款第四章一五条の記載「当会社は、被保険者が第一条の傷害を被り、その直接の結果として、生活機能または業務能力の滅失をきたし、かつ、医師の治療を受けた場合は、その状態にある期間に対し、事故の日から一八〇日を限度として、一日につき、保険証券に記載されたその被保険者の入院保険金日額を入院保険金としてその被保険者に支払います。」(一項)

「前項にいう『生活機能または業務能力の滅失とは、次の(1)または(2)に掲げる状態をいいます。

(1) 医師の指示に基づき病院または診療所に入院し、かつ、平常の業務に従事できない状態

(2) 別表(2)に定める各号のいずれかに該当し、かつ、医師の治療を受けている状態」(二項)

5  損害の填補

原告らは、次のとおり、被告らから損害の填補を受けた。

(一) 松本病院の治療費として七万九七六〇円

(二) 休業損害として二二〇万六五〇〇円(ただし、原告片山の損害の填補に充てられるのか、原告会社の損害の填補に充てられるのかについては争いがある。)

6  被告保険会社に対する請求

原告片山は、平成元年八月八日、被告保険会社に対し、前記保険契約に基づく保険金の支払いを請求した。

二  争点

1  原告らは、本件事故により、原告片山は長期間の入通院を要する傷害を負つたうえ、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「後遺障害別等級表」という。)一二級一二号及び搭乗者傷害保険後遺障害等級一二級に該当する後遺障害が残されたとして、次のとおり損害賠償の請求及び保険金の請求をする。

(一) 被告深瀬に対する請求

(1) 原告片山

ア 治療費 四八七万二〇八三円

〈1〉 松本病院分 四七四万四三八三円

平成元年一月一一日から同年八月三一日までの分 四四九万七四七三円

平成元年九月一日から平成元年三月三一日までの分 二四万六九一〇円

〈2〉 岸野治療院分 一一万六〇〇〇円

〈3〉 住友病院分 一万一七〇〇円

イ 文書料

〈1〉 平成元年一月一一日から同年八月三一日までの分 二万〇五一〇円

〈2〉 平成元年九月一日から平成三年三月三一日までの分 一万二八〇〇円

ウ 入院雑費 二二万三六〇〇円

エ 通院交通費 二〇万六四〇〇円

〈1〉 平成元年一月一一日から同年八月三一日までの分 六万五五五〇円

〈2〉 平成元年九月一日から平成三年三月三一日までの分 一二万〇三四〇円

オ 後遺障害に基づく逸失利益 一二一一万五四八八円

4,800,000×0.14×18.029=12,115,488

カ 慰謝料 四四〇万円

〈1〉 入通院分 二〇〇万円

〈2〉 後遺障害分 二四〇万円

キ 弁護士費用 二一八万円

(2) 原告会社

ア 企業損害 一四五一万一五八一円

以下の〈1〉ないし〈3〉の合計額一六七一万八〇八一円から、既受領額二二〇万六五〇〇円を控除した残額

〈1〉 平成元年一月二六日から同年一一月三〇日までの分 八三五万〇三一〇円

〈2〉 平成元年一二月一日から平成二年一一月三〇日までの分 四九六万五四四五円

〈3〉 平成二年一二月一日から平成三年六月三〇日までの分 三四〇万二三二六円

イ 弁護士費用 一四五万円

(二) 被告保険会社に対する請求

(1) 搭乗者傷害保険分

ア 医療保険金 二六六万円

イ 後遺症保険金 一〇〇万円

(2) 積立フアミリー交通傷害保険契約分 一一九万七〇〇〇円

ア 入院保険金 一一六万一〇〇〇円

イ 通院保険金 三万六〇〇〇円

2  被告らは、原告ら主張の損害額を争うが、その主たる争点は次のとおりである。

(一) 原告片山の受傷の有無・程度、必要な治療期間等

〔被告らの主張〕

原告片山は、本件事故によるとして、長期間の入通院(後遺障害の診断をされた時点までで、入院日数一七二日、実通院日数四九日、その後の入通院を合計すると、入院一八二日、通院期間七七七日)を重ねたものであるが、次の理由により、本件事故との因果関係は認められないというべきである。

すなわち、本件事故は、玉突き追突事故で、被害車の損傷の程度は外観からはわからないほど軽微なものであつたうえ、加害者が最初に追突した島田車に乗車していた島田ほか一名は負傷しなかつたことなどからすれば、本件事故によつて原告片山が受けた衝撃の程度は極めて軽微なものであつて、工学鑑定の結果によつても、同原告が頸部損傷の傷害を負つたと考えるのは困難である。そして、原告片山の訴える症状は、医師の意見によつても、他覚的所見に乏しい主観的なものであるうえ、医学的に説明のつかないものであり、同原告には経年性の鈎椎関節の硬化、脊椎管の前后径の小、扁平脊髄の傾向といつた既往症があり、心因性加重の可能性もあると診断されたこと等を考慮すると、原告片山が右のとおり長期の入通院をしたのは、同原告の心因的要因または既往症、あるいはその双方に基づくものというべきであり、本件事故との因果関係は認められない。

(二) 後遺障害の有無、程度

〔被告らの主張〕

原告片山の主張する後遺障害については、自賠責保険の関係で、他覚的所見に乏しいこと、事故発生形態は軽微であり、外傷による器質的病変も発現していないこと等の理由により、非該当と判断されている。

したがつて、被告深瀬に対する後遺障害に基づく請求も、被告保険会社に対する後遺障害保険金の請求も認められない。

(三) 寄与度による割合的認定

〔被告らの主張〕

本件事故と原告片山の症状との因果関係が認められるとしても、前記(一)の事情に照らすと、その損害の拡大が被害者の精神的・心理的状態に起因するものとして、公平の観点から、その心因的要因の寄与度に基づく割合的認定をすべきである。

(四) 松本病院における治療費の相当性

〔被告深瀬の主張〕

松本病院における治療は、その入院の前後にわたつて、原告片山の症状に照らし、点滴、投薬等の漫然かつ過剰な治療を行つているうえ、必要がないのに個室に入院させており、その治療費については、相当程度減額されるべきである。

(五) 医療保険金請求権の有無

〔被告保険会社の主張〕

原告片山の前記症状に照らすと、前記各保険約款に定める医療保険金受給の要件は満たしていないというべきである。

第三争点に対する判断

一  原告の受傷の有無・程度、相当な治療期間及び入院期間、後遺障害の有無・程度について

1  本件事故の状況及び原告の受けた衝撃の程度

(一) 前記第二の一の争いのない事実に、証拠(甲一号証、三号証の1~3、四号証〔後記信用しない部分を除く。〕、乙四、七号証、原告片山本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場付近の状況は別紙図面のとおりである。

本件道路は、アスフアルト舗装された平坦な直線道路であり、本件事故当時の天候は雨で、路面は濡れていた。

(2) 被告深瀬(当時一九歳)は、加害車(ニツサン・セドリツク)を運転して本件道路を北から南に時速約四〇キロメートルの速度で進行中、本件事故現場の手前で前方に車両が渋滞停止中であることに気がついたが、脇見をしたため、島田車の後部から約九・一メートルのところまで接近してはじめて危険を感じ、慌てて急ブレーキをかけたが、間にあわず、約九・一メートル進行した〈×〉1付近において自車前部(〈4〉)を島田車後部(〈ア〉)に衝突させ、約〇・七メートル進行して停止した(〈5〉)。

(3) 島田(当時四八歳)は、島田車(トヨタ・コロナ)の助手席に谷美代子(年齢は四〇代後半)を乗せ、本件道路を進行中、前方が渋滞していたため、ブレーキを踏んで被害車の後方約一・六メートルの〈ア〉付近で停止したところ、その直後、加害車に追突され、その衝撃で約一・六メートル前方に押し出され、被害車(〈A〉)に追突して〈ウ〉付近に停止した。

(4) 原告片山(昭和二七年二月二一日生、当時三六歳)は、被害車に一人で乗つて本件道路を進行していたところ、前方が渋滞していたため、前車に続いて〈A〉付近に停止した直後、島田車に追突され、その衝撃により、約〇・四メートル前方に押し出されて〈B〉付近に停止した。

原告片山は、右衝突後、直ちに下車したが、そのときは身体の異常を訴えず、被害車の損害のほうを気にしていた。

(5) 本件事故により、各車両は次の損傷を受けたが、原告を除く他の者には怪我がなかつた。また、本件事故直後に行われた実況見分の際、加害車、島田車及び被害車のものと考えられるスリツプ痕は発見されなかつた。

ア 加害車 前部バンパー及びボンネツト凹損

イ 島田車 後部バンパー、トランク凹損、前部バンパー、ボンネツト凹損(修理費一三万六七一〇円)

ウ 被害車 後部バンパー凹損、ナンバープレート下端部曲損(後部バンパー及びナンバープレート交換の修理をして、五万八六〇〇円)

(二) 以上の事実が認められるところ、甲四号証(島田の原告ら訴訟代理人に対する供述調書)中には、「追突されて相当な衝撃があり、谷は大きく前のめりになり、頭をフロントガラスに打ちつけそうになり、手を前のボードについて体を支えた。そのため指を突き指し、二、三日痛いと言つていた。」などと右認定に反する部分が存するが、これらの点については同人は本件事故から一週間後に行われた警察の取調べの際にまつたく述べていないこと、伝聞証拠に過ぎないこと、その他の記載部分には想像によるものが混在していることを考慮すると、前記記載部分を直ちに信用することはできないというべきである。

(三) 前記各車両の損傷状況に、前記加害車が急制動後衝突までに進行した距離や衝突後停止するまでに進行した距離、島田車が押し出されて進行した距離、また、被害車が押し出された距離等を併せ考えると、島田車が被害車に衝突した際の速度は比較的低速であり、原告が受けた衝撃の程度も軽微なものであつたと推認することができる。

2  原告の症状及び治療の経過

前記第二の一の争いのない事実に、証拠(甲一号証の2、三号証の3、五号証の1ないし3、六号証の1、2、七号証の2、八号証の1、2、九号証の1、2、一三、二三号証、二五号証の1、2、二六号証の1、二七号証の1ないし6、二八、二九号証、乙一号証、四ないし六号証、八ないし一〇号証、一四ないし三七号証、証人松本直彦、原告片山本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる(なお、各項末尾の括弧内掲記の証拠は、当該事実の認定に当たり特に用いた証拠である。)。

(一) 松本病院入院前の症状及び治療の経過

(1) 原告片山は、実況見分等を終えたのちに自宅に帰つたが、帰宅途中に頭痛を感じたため、自宅近くの両親宅で夕食をとつた後、被告深瀬宅に電話し、同被告らとともに同日深夜(本件事故から約四時間後)松本病院において診察を受け、頭がしめつけられるように痛い、頸部が重たい感じがするなどと訴えた。同病院の当直医は、そのとき頸部の運動制限はなく、また、頭部及び頸椎のレントゲン所見でも異常は認められないと判断し、原告片山は、頸部の湿布、消炎鎮痛剤、精神安定剤、自律神経抑制剤等の投与を受けて帰宅した。

(2) 原告片山は、翌日の平成元年一月一二日、同病院で診察を受け、頸部の倦怠感が残存している程度で、頭痛もほどんどなくなり、症状はだいぶ楽になつたと述べ、松本直彦医師は、頭部外傷、外傷性頸部症候群により本件事故日から約七日間の通院加療を要する旨の診断をした。

(3) ところが、原告片山は、同月一四日に松本病院で受診し、一昨日よりも調子が悪い、頭痛、嘔気、頸部痛等が増強し、苛々して集中力がないなどと訴え、当日から頸椎カラーの装着が行われた(なお、原告片山は、同年七月初め頃まで頸椎カラーを装着し、その後もときどき装着していた。)。

その後、原告片山は、松本病院に通院しながら仕事を続けていたところ、頭痛、肩部痛、苛々感等の訴えが増強し、左項部から左僧帽筋にかけての筋緊張、圧痛等が認められたため、投薬、注射等の治療とともに、同月二三日からは頸椎索引、ホツトパツク、マツサージのリハビリ治療も加えられたが(ただし、この日一回のみ)、その症状は増強するばかりであつたので、松本医師は入院加療により経過を見る必要があると判断し、同原告は、同月二六日、同病院に入院した(同日までの実通院日数九日)。

なお、松本医師は、当初、一か月程度の入院を考えており、原告片山にもその旨を説明していた。

(甲五の2、3、七の2、一三、乙一六〈1〉~〈3〉、〈5〉~〈12〉、松本証言)

(二) 松本病院入院中の症状及び治療の経過

(1) 原告片山は、右入院時に頭痛、吐き気等を強く訴え、左胸鎖乳突筋圧痛、左項部から僧帽筋、左肩甲上神経にかけての圧痛等が認められ、以後も同様の訴えが続いたが、同年二月三日からは左上腕痛、左手指の痺れ感を訴え始め、左上肢を挙上して保持することが困難であるなどと述べていた。

また、原告片山は、同年二月一〇日頃からは、左腓腹筋痛を、同月一七日からは左腓腹筋から左大腿後面の痺れを訴え、その後、その症状は左腰部まで広がつた。

(2) 原告片山は、精神安定剤、筋弛緩剤等の投与、肩部等のブロツク注射とともに、連日、ビタミン剤等の点滴(ほとんどの期間、同内容の液材の点滴)を受けていたが(なお、原告片山の入院中の食事は普通食であつた。)、これらの治療は退院時までほぼ同内容であつた。

また、原告片山に対しては、入院二日目(同年一月二七日)からホツトパツク、マツサージ、冷凍療法のリハビリ治療が開始され、その後、原告片山の症状の程度により一時リハビリ治療が中止されることもあつたが、退院時まで、ホツトパツク、マツサージ、冷凍療法、頸椎牽引(同年三月二日から)、低周波等のリハビリ治療が加えられた。

一方、原告片山は、松本医師の指示により、同年三月二八日から岸野治療院において(同病院からバスで通院)、鍼灸、電気治療、マツサージ、運動療法等の治療を受けたが、鍼灸治療等の効果があまり見られないとして、同年四月二六日、その治療を打ち切られた(実治療日数二二日)。

(3) 原告片山の症状は、日によつて軽快することもあつたが、全般的にはほぼ同様の状態が続いていたところ、同年三月一〇日頃からはときどき銭湯に行くようになり、また、同月下旬には、左上肢の症状は強いが、頭痛や嘔気が軽快し、下肢の症状も出ない日もあり、同年四月五日には全般的に症状は改善されていると診断された。その後も、少しずつよくなつているが、依然として頭痛、左側頸部痛、両肩甲部痛あるとされ(同月一二日。なお、この日には痺れ感の訴えはなかつた。)、同月二九日からは外泊も許可された。

なお、松本医師は、同年三月八日、保険会社側の調査員に対して、「レントゲン所見上、頸椎の生理的前彎の消失が認められるものの、神経を圧迫するほどではない。スパーリングテストは陽性であるが、腱反射等の異常は認めない。症状の改善も認められてきたので、近日中に退院が可能と思料する。」と回答し、また、原告片山については、「精神的な不安感が強く、症状的にも影響している。神経質な人である。」と述べていた。

(4) その後、原告片山は被告深瀬らに対し、金員仮払いの仮処分を申し立て、その審理の中で、原告片山が大阪赤十字病院で診断を受けることになり、平成元年六月一四日、同病院整形外科の大庭健医師の診断を受けたところ、自覚的には、頭部から背部、両手指の多様な症状を訴え、頸部の運動制限高度等の所見が見られ、病因の究明、鑑別のためにMRI、CT等の検査が必要とされ、なお当分の間入院加療を要すると診断された。

そして、同月二八日に日本橋病院においてMRI検査を受けたのちの同月二九日、大庭医師から「自覚的には、頭痛、項部痛、左肩甲部痛、頸部の疼痛性運動制限等多様であり、他覚的には相当に著明な頸部神経症状、特に病的反射の出現をみている。頸椎単純レントゲン線像では第五~第六~第七頸椎の鈎椎関節の硬化、変形を認める程度であるが、MRIでは脊椎管の前后径の小、扁平脊髄の傾向がある。同時に、心因性加重の可能性もあり、精神神経科の判断を仰ぐことも必要かと思われる。」と診断された。

(5) 原告片山は、その後も頭痛、項部痛、両肩の痛みや痺れ等、ほぼ同様の症状を訴えていたが、同年六月末頃からは右腕の痺れや痛み、それに伴う右手の握力低下等も感じるようになつていた。

しかし、松本医師は、症状も軽快したとして退院を勧め、同年七月一二日、原告片山は同病院を退院した(入院日数一七二日)。

(甲五の2、六の1、2、七の2、一三、乙六、一六〈13〉~36、一七~二一、二六、二八、松本証言)

(三) 症状固定の診断に至るまでの症状及び治療の経過等

(1) 原告片山の訴える症状は、通院中もさほど大きな改善が見られないまま推移し、平成元年八月三一日、松本医師の松本医師により、次のような後遺障害の診断がなされた。

ア 傷病名 頭部外傷 外傷性頸部症候群

イ 症状固定日 平成元年八月三一日

ウ 自覚症状 後頭部より締めつけられるような頭痛が終日持続する。頸部の運動制限が強く、ゆつくりとしか首を動かすことができず、前屈を少し続けていると首が動かなくなる。肩甲部、両肩関節背部の痛みが強く、両上肢に痺れがあり、物を持つたり、机の上に両上肢を乗せてする仕事等をしていると、両肩から両上肢の痛みと痺れが強くなり、続けて仕事ができない。運転すると症状が急激に増強し、吐き気を伴い、嘔吐することもある。これらの症状は、疲労や歩行、悪天候で著しく増強する。

エ 精神・神経の障害、他覚的症状及び検査結果 両側大後頭神経部・上頸椎椎間関節・両側胸鎖乳突筋等の強い圧痛、項筋・両僧帽筋等の強い筋緊張と圧痛、左上腕三頭筋腱反射の低下、左上腕の筋萎縮、頸椎レントゲン上、不橈性が持続し、特に中間位で生理的前彎消失等

オ 予後の所見 現在の障害は持続し、就労に多大な支障あり

(2) 本件後遺障害については、平成二年三月一九日、自動車保険料率算定会損害調査事務所により、レ線上等他覚的症状所見に乏しく、多様な一団の不定愁訴と認められ、事故発生形態は軽微であり、外傷による器質的病変も発現していない等の理由により、非該当と判断された。

(甲五の1、3、乙一四、一五、松本証言、原告片山本人)

(四) 症状固定の診断後の病状及び治療の経過

(1) 原告片山は、その後も、頭痛、嘔気、頸項部痛、両肩甲部痛、両上肢痛、両手の脱力感、功緻運動障害を訴えて松本病院に通院し、投薬、注射、理学療法等の治療を受けていたが、その症状は改善せず、仕事をすると増悪する状態であり、平成二年一月中旬から症状が特に強くなつたため、同月一四日から同月二三日までの一一日間、同病院に入院して治療を受けた。

(2) また、原告片山は、松本医師の指示により、松本病院への通院と並行して、同年六月五日から住友病院神経内科で受診し、投薬等の治療を受けていたが、同月九月下旬頃、通院を中止した。

(3) 原告片山は、その後も松本病院に通院して従前と同様の治療を受けているが、平成二年一〇月三〇日の時点においても、頭痛・吐き気(強弱は日によつて異なるが、ほぼ毎日)、首から左右の腕にかけてのみ痛み、肩から背中にかけての痛み、右手の握力低下(箸が持てない等)などの症状を訴えている。

(甲二三、二六の1、二七の1~6、原告片山本人)

3  原告片山の受傷の有無・程度等について

右1及び2の事実を前提として、原告片山の受傷の有無・程度、相当な治療期間等について判断する。

(一) 原告片山の受傷の有無

(1) 前記の本件事故の態様、原告片山の症状及び治療の経過によれば、原告片山は、本件事故により、頸部に受傷し、外傷性頸部症候群の症状を呈するに至つたものと認められる。

原告片山については、松本病院において頭部外傷の傷病名も付されているが、本件事故当日の診断でも頭部を打撲したことを窺わせる痕跡は認められておらず、松本医師も、その後、頭部レントゲン料を保険請求するために傷病名としてあげたもので、その後の同原告の症状とは関係がないとしていること(甲五号証の3)に照らすと、同原告が本件事故により頭部外傷の傷害を負つたと認めることはできない。

(2) 他方、乙二号証(有限会社林技術事務所技術士林弘作成の鑑定書)によれば、被害車に生じた衝撃加速度はシビアに見て一G程度と推測できるとし、この程度では、頸部衝撃耐性の個人差を考慮しても、原告片山が頸部損傷の受傷をしたと考えるのは無理であるとされる。

しかしながら、前記事故状況、特に、本件事故当時は路面が濡れた状態であつたうえ、被告深瀬は、時速四〇キロメートルで進行中、急ブレーキを踏み、約九・一メートル進行して衝突したのであつて、そのときの路面の摩擦係数や空走距離、制動距離等を考慮すると、林が算出した衝突直後の加害車の速度等について疑問が存するのみならず、前記結論は、工学的手法により得られた一般的な知見に過ぎず、これをもつて直ちに原告片山が受傷したことを否定することはできないというべきである。

(二) 外傷性頸部症候群の程度

(1) 前記のとおり、原告片山は、長期にわたつて入通院し、その治療を受けてきたものであるが、

ア 本件事故により原告片山が受けた衝撃の程度は比較的軽微なものであり、しかも、本件事故によつて受傷したのは原告片山のみであること、

イ 原告片山について、顕著な他覚的所見としては圧痛、筋の硬結が上げられる程度で、レントゲン検査や神経学的な検査等から窺われる他覚的な所見に乏しい自覚症状(頸部痛、肩部痛、痺れ感、頭痛、嘔気等)が中心のものであること(もつとも、原告の頸椎に関しては、松本医師はレントゲン所見上、前彎消失が見られるとするが、本件事故当日に診察した松本病院の当直医はレントゲン所見を異常なしと判断しているうえ、大阪赤十字病院のレントゲン検査では頸椎の異常として前彎消失が指摘されていないことを考慮すると、右のような頸椎の前彎消失があつたとしても、それは検者によつて判断が異なるほどの僅かなものであつたと推測され、また、松本証言によれば、もともと生理的に前彎が消失している者も存在し、仮に原告片山に頸椎の前彎消失が認められたとしても、本件事故によるものであるかは必ずしも判然としないというべきである。さらに、松本医師は、左握力の低下をいうが、同年一月二三日の握力検査のとき右五五キログラム、左四五キログラムであつたことやその後の握力の変化、左右差を考えると、本件事故により左の握力の低下があつたものと認めるのは困難である。なお、大庭医師の所見では、相当に著明な頸部神経症状、特に病的反射の出現をみているとされるが、松本証言によれば、神経学的にきつちりした陽性の他覚的所見は見当たらないとされ、この点についても判然としないというべきである。)、

など併せ考えると、原告の外傷性頸部症候群は、頸部軟部組織損傷型に属する比較的軽度なものであつたと認められる。

(2) そして、右のような場合は、一般的には、入院安静を要するとしても長期間にわたる必要はなく、その後は多少の自覚症状があつても日常生活に復帰させて適切な治療を施せば、短期間のうちに普通の生活をすることが可能となるものと考えられるところ、原告片山の症状は右の点に照らしても、また、その他覚的所見と比較しても、症状が頑固かつ長期間持続したものというべきであり、これは、安静が特に必要な受傷の初期の段階で必ずしも安静が守られなかつたことが一つの原因となつているものと認められる。

のみならず、前記症状及び治療の経過並びに大庭医師の所見に、

ア 原告片山の症状は、受傷から時間を経過するにつれて多彩かつ重篤となつていつており、特に、〈1〉当初は、頭痛、嘔気、頸部痛のほか、主として左肩から左手指にかけての痛みや痺れ感であつたのが、本件事故から約五か月半以上経過した平成元年六月末から同年七月になつてから右腕、右手の痺れ感や痛みを訴え、最近は、右手の握力低下(平成二年七月から)を特に訴えていること、〈2〉同年二月からはそれまでの頸部に関する症状とは直ちに結びつきがたい左下肢の症状等を訴えていることなどを考慮すると、その経過についても十分うなずけないものが含まれていること

イ 原告片山は、本件事故後、ほぼ毎日のように詳細な闘病日誌(甲七号証の2、一三号証)をつけていたが、そこに記載している症状の内容、程度と、松本病院の診療録(乙一六号証)から窺われる症状についての聞き取りや医師の所見とは必ずしも対応していないこと、

ウ 右闘病日誌にも、「加害者は保険会社に任せつ放しで、ほつたらかし、ほんとに腹が立つ。」(甲七号証の2の平成元年一月三〇日欄)などと記載され、原告片山の母も、入院中の原告片山は体の痛みと補償がしてもらえないということでいつも苛々していたと述べている(甲八の1)のみならず、同年五月二九日には、医師に対し、「痛み始めると、加害者に対する悪感情と焦燥感で痛みが倍加される。」と述べていること(乙一六〈31〉)

エ 原告片山は、松本病院入院前、自分の症状の原因について医師から説明を受けているが、「正常な頸椎は前の方に凸状になつているが、自分の骨はこれが凹状になつている。頭痛などの原因はこれである。」、「左側の神経がずたずたであり、入院したほうがよい。」と言われた旨理解していること(甲七号証の2一枚目、三枚目)、これに過敏に反応したことも考えられること、

オ 原告片山の鈎椎関節の硬化、変形は経年性のものであると認められるところ、その程度は大きいものではなく(松本証言)、また、脊椎管の前後径の小、扁平脊髄の傾向についても、それが本件症状の拡大、治療の遷延化に寄与しているものとは考え難いこと

などを総合すると、原告片山の症状の拡大ないしは治療の遷延化については、原告片山が受傷当初の医師の説明に過敏に反応したことや、その性格等の心理的な要因が大きく作用していたものと考えざるを得ない。

この点について、松本医師は、平成三年八月一九日付意見書(甲四一の2)において、原告片山の場合は、経験的に、他の心因性患者に比して心因的要素は余り見られないかのような意見を述べているが、その指摘する「症状は頑固に持続するが、終始一貫している。」「症状の訴えは終始一貫している。」「医学的にどうしても考えられないような訴えや症状がない。」という所見については、前記症状及び治療の経過に照らして疑問というべきであるうえ、同医師が平成元年三月八日に保険会社側の調査員に対して述べていたことや(前記2(二)(3))、当法廷における証言とも矛盾し、右所見は採用することはできないというべきである。

(3) 相当な治療期間(症状固定時期)

前記のとおり、原告の受傷は比較的軽度なものであり、一般的には短期間で治癒ないしは多少の自覚症状を残して症状固定に至るものと考えられるところ、松本病院における長期の治療や鍼灸治療によつても特段の改善は見られず、頸部痛、頭痛、嘔気等に対する治療は既に対症療法的な効果しか得られなくなつていたものと認められ、原告の症状を全体的に見た場合、その症状固定時期は前記症状固定と診断された平成元年八月三一日とするのが相当であり、それまでが本件事故と相当因果関係の認められる治療期間というべきである。

(三) 相当な入院期間

(1) 前記症状及び治療の経過に、本件のような受傷の場合は初期の安静が必要であること、松本医師としても、原告片山に対する通院治療が効を奏せず、症状が増強するばかりであるので入院させて治療を行い、経過を見る必要があると判断したことなどを考慮すると、松本医師が入院を指示したことの必要性、相当性はこれを肯定することができる。

(2) しかしながら、松本病院入院後の原告の症状及び治療の経過、特に、

ア 原告片山に対しては受傷から一二日後の一月二三日にホツトパツクやマツサージのリハビリ治療が開始されたことがあるのみならず、入院後もその翌日からリハビリ治療が開始されており、安静加療の必要性が消失していたと考えられること、

イ 原告片山は、平成元年三月一〇日頃からときどき銭湯に出かけるようになり、また、同月末頃から鍼灸治療のために松本病院から岸野治療院にバスで通い始めたこと、

ウ 原告片山の症状は、同年三月下旬には、左上肢の症状は強いが、頭痛や嘔気が軽快し、下肢の症状も出ない日もあり、同年四月五日には全般的に症状は改善されていると診断されたこと、

エ 松本病院における治療は、原告片山の調子が悪いときはリハビリ治療が中止されることがあるが、その入院期間を通じると基本的には大差がなく、特に、連日のように点滴を行つた点については、原告片山の受傷内容や程度、普通食の摂取状況等に照らすと、長期間にわたつて点滴治療が必要とは考えられないこと

等の事情を総合すると、松本病院における相当な入院期間はせいぜい同年四月五日まで(入院期間七〇日)を限度として認められるに過ぎないというべきである。

この点に関し、大庭医師は、前記のとおり、平成元年六月一四日の時点でなお当分の間入院加療を要すると診断しているが、大庭医師は当日初めて原告片山を診察したものであり、それまでの症状及び治療の経過を踏まえて入院加療が必要と診断したものではないことや、前記アないしエの諸事情に照らすと、前記大庭医師の所見も前記認定を左右するに足りるものではない。

4  後遺障害の有無、程度について

前記のとおり、原告片山には、前記後遺障害診断のなされた当時、頭痛、嘔気、頸部痛及び頸部の運動制限、肩甲部、両肩関節背部の痛み、両上肢の痺れ感等の症状が残されたところ、その症状は神経学的異常等の他覚的所見に乏しい自覚症状中心のものであること、しかもその右症状については心因的要因によつて修飾された症状が相当程度混在しているものと見うることからすると、本件事故と相当因果関係の認められる後遺障害の程度としては、後遺障害別等級表一二級一二号に定める「局部に頑固な神経症状を残すもの」と評価することはできないが、同表一四級一〇号にいう「局部に神経症状を残すもの」に該当するものと認めるのが相当である。

二  被告深瀬に対する請求について

1  原告片山の損害

(一) 治療費 二五九万九二三四円

(1) 松本病院分 二三六万〇八一四円

ア 平成元年一月一一日から同年八月三一日までの分 二三六万〇八一四円

甲二五号証の1によれば、右期間の治療費として同病院から四五七万七二三三円を請求され、そのうちの平成元年一月一一日から同月二五日までの通院治療費七万九七六〇円が被告から支払われたことが認められる(未払い分四四九万七四七三円)。

ところで、前記のとおり、原告の同病院における入院の必要性は七〇日間を超えて認めることはできず、また、甲二五号証の1及び乙八号証によれば、原告片山は右入院中特別室に入り、その間の室料差額等として九四万六〇〇〇円(一日当たり五五〇〇円)の請求がなされていることが認められるが、本件において、原告片山が特別室を使用しなければならないほど症状が重篤であつたと認められないうえ、右期間中、空室がなかつた等の特別の事情が存した証拠はないので、その室料差額を本件事故による相当損害と認めることはできないというべきである。また、前記のとおり、松本病院は入院期間中連日のように点滴を行つているが、その必要性、相当性については疑問があり、前記相当な入院期間七〇日に限り、肯定するのが相当である。

そこで、乙八号証の診療費構成比を参考にして、甲二五号証の1の区分に従い、相当な入院中の治療費(その間の文書費を含む。)を算定すると、次のとおり二二八万一〇五四円となり、これに前記既払治療費を合計すると、本件事故と相当因果関係の認められる松本病院における治療費は二三六万〇八一四円となる

(円未満切捨て。以下、同じ)。

〈1〉 直接診療費 二一二万八〇五四円

3,387,040×0.4618=1,564,135(全期間の入院料)

3,387,040×0.1650=558,861(全期間の点滴料)

(1,564,135+558,861)÷172×(172-70)=1,258,986

3,387,040-1,258,986=2,128,054

〈2〉 室料差額等 〇円

〈3〉 文書料 五万円

〈4〉 電気料 七〇〇〇円

17,200÷172×70=7,000

〈5〉 超低温療法 九万二〇〇〇円

〈6〉 再診時指導管理料 四〇〇〇円

〈7〉 消費税(算定不能) 〇円

(以上合計 二二八万一〇五四円)

イ 平成元年九月一日から平成三年三月三一日までの分 〇円

原告片山は、前記症状固定後の松本病院における治療費として二四万六九一〇円を本件事故による損害として主張するところ、前記の症状及び治療の経過に照らせば、右治療は対症療法の域を超えるものではなく、かつ、症状改善に特段の効果があつたものとは認められないので、本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできない。

(2) 岸野治療院分 一一万六〇〇〇円

甲二八号証によれば、原告片山は、医師の指示により岸野治療院において平成元年三月二八日から同年四月三〇日までの間、鍼灸等の治療を受け、右費用を要したことが認められる。

(3) 住友病院分 〇円

前記(1)イと同様の理由により、本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできない。

(4) グリーン薬局分(松本病院薬代) 一万七四〇〇円

甲二五の2よれば、平成元年一月一四日から同年八月三一日までの薬代として右金額を要したことが認められる。

(5) 大阪赤十字病院分 四万八〇七〇円

乙三七、三八号証によれば、原告片山の前記診断のために右金額を要したことが認められるところ、これは本件事故と相当因果関係に立つ費用というべきである。

(6) 日本橋病院分 五万六九五〇円

乙三八号証によれば、原告片山の検査のために右金額を要したことが認められるところ、これは本件事故と相当因果関係に立つ費用というべきである。

(二) 文書料 二万〇五一〇円

(1) 平成元年一月一一日から同年八月三一日までの分 二万〇五一〇円

甲二〇号証の4ないし8によれば、岸野治療院及び松本病院の文書料として右費用を要し、原告片山がこれを負担したことが認められる。

(2) 平成元年九月一日から平成三年三月三一日までの分 〇円

前記のとおり、平成元年九月一日以降の治療については、本件事故と相当因果関係がないと認められるので、この治療についての診断書等の文書料を要したとしても、これを本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできない。

(三) 入院雑費 九万一〇〇〇円

前記のとおり、本件事故による相当な入院期間は七〇日間というべきであるところ、入院一日につき一三〇〇円の雑費を要したことは当事者間に争いがないので、本件事故と相当因果関係に立つ入院雑費相当額の損害は九万一〇〇〇円となる。

(四) 通院交通費 一万一八六〇円

(1) 平成元年一月一一日から同年八月三一日までの分 一万一八六〇円

ア 平成元年一月一一日から同月二六日までのタクシー代 四三四〇円

甲三〇号証の10ないし15によれば、原告片山は、右期間中の通院(同月二六日は入院のため)にタクシーを利用し、四三四〇円を要したことが認められるところ、当時の原告片山の症状に照らし、タクシー利用の相当性が肯定できるので、これを相当損害と認める。

イ 岸野治療院への通院に要したバス代及びタクシー代 七五二〇円

甲三〇号証の9、20、25によれば、岸野治療院への通院にバス及びタクシーを利用し(ただし、タクシー利用は、平成元年四月五日の往路及び同月一五日の帰路で各四八〇円)、合計七五二〇円を要したことが認められる。

ウ その余のタクシー代 〇円

原告片山は、平成元年二月一日から同年七月二四日までのタクシー代を本件事故による損害と主張するところ、原告片山は右期間は入院していたものであり、その間、タクシーを利用したからといつて直ちに本件事故による損害ということはできず(特に、甲七号証の2、三〇号証の19、22~24によれば、同年四月一二日のタクシー利用は、得意先回りのためと認められる。)、また、同年六月には日本橋病院及び大阪赤十字病院への通院にタクシーを利用したことは認められるが、その当時の症状の程度からして特にタクシー利用の相当性は認められず、以上からすれば、前記ア及びイを除くタクシー代は、本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできない。

(2) 平成元年九月一日から平成三年三月三一日までの分 〇円

原告片山は、右期間の通院にタクシー等を利用したとして、その費用を請求するところ、前記(二)(2)と同様の理由により、これを本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできない。

(五) 休業損害 三〇七万三七六八円

(1) 証拠(甲一〇号証の1ないし4、一一号証の1、2、原告片山本人)によれば、

ア 原告片山は、機械部品の設計等の仕事をしていたが、昭和五五年一二月に原告会社を設立し(資本金二〇〇万円)、その代表取締役となつたこと、

イ 原告会社には原告片山のほか二名の取締役がいるが、いずれも取引関係者に就任してもらつた名目的なものであり、特に取締役としての活動はしておらず、役員報酬も支払われていないこと、また、監査役に原告片山の父が就任しているが、これも名目的なものであること(ただし、後記のとおり、年六〇万円の報酬を支払つている)、

ウ 原告会社は、従業員を雇つたこともあるが、数年前からは、一部を外注に出す以外は、原告片山が一人で仕事をしていたこと

が認められ、右の事実によれば、原告片山と原告会社とは、実質上、経済的に一体の関係にあるものと認めるのが相当であり、したがつて、本件事故に伴う原告片山及び原告会社の休業損害ないしは営業損害については、これを一体のものとして算定するのが相当である。

(2) そして、前記証拠によれば、原告会社の営業利益は、第七期(昭和六一年一二月一日から昭和六二年一一月三〇日まで)が四万二〇一三円(そのときの役員報酬四三五万円)、第八期(昭和六二年一二月一日から昭和六三年一一月三〇日まで)が三万六二四二円(このときの役員報酬は五四〇万円であり、原告片山の取得分は四八〇万円)であることが認められ、これに前記(1)の事実を併せ考えると、原告片山は、本件事故当時、前記第八期の営業利益と自己の役員報酬分の合計額である四八三万六二四二円(一日当たり一万三二四九円)程度の収益をあげていたところ、そのほとんどが原告片山の労務によるものであつたと推認するのが相当である。

(3) 前記のとおり、本件事故と相当因果関係に立つ治療期間は平成元年八月三一日までと認めるのが相当であるところ、原告片山は、松本病院入院前は通院しながら就労していたことも認められるが、その程度及び期間を考慮すると、平成元年一月一二日から同年八月三一日までの間、就労が不能であつたと評価して、その間の休業損害を算定するのが相当である。

したがつて、前記収入額を基準にこれを算定すると、次のとおりとなる。

13,249×232=3,073,768

(六) 後遺障害に基づく逸失利益 八六万一八九〇円

前記のとおり、原告片山の後遺障害は、後遺障害別等級表一四級一〇号に該当するものと認められるところ、その症状の内容、程度、原告片山の仕事の内容等を考慮すると、原告片山は、本件後遺障害により、症状固定から四年間にわたり、その労働能力を五パーセント喪失し、その財産上の損害を被つたものと認めるのが相当である。

そこで、前記年収額を基礎とし、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告片山の後遺障害に基づく逸失利益を算定すると、次のとおりとなる。

4,836,242×0.05×3.5643=861,890

(七) 慰謝料 一九〇万円

以上認定の原告片山の受傷の内容、程度、症状及び治療の経過、特に、症状固定後も治療を受けたこと、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故によつて原告片山が受けた肉体的、精神的苦痛に対する慰謝料は、一九〇万円(入通院分一二〇万円、後遺障害分七〇万円)とするのが相当である。

(以上(一)ないし(七)の合計 八五五万八二六二円)

(八) 寄与度減額の主張について

前記の事実によれば、本件事故による受傷及びこれに起因して原告片山に生じた損害は、本件事故のみによつて通常発生する程度、範囲を超えているものというべきところ、本件においては、原告の心因的要因が多彩な症状の発現及び治療の遷延化に影響を与えていたものというべきである。

しかしながら、本件においては、原告片山の相当な治療期間及び入院が必要な期間を判断するに当たり、同原告の性格等の心因的要因をも考慮し、また、治療費、慰謝料等の各損害の算定に当たつてもその点を十分に考慮に入れており、その他、前記症状及び治療の経過等を併せ考えると、本件において、原告片山の心因的要因を考慮してさらに減額しなければ、損害の公平な分担を図れないとすることはできないというべきである。

したがつて、この点についての被告らの主張は採用しない。

(九) 損害の填補

(1) 原告らは、本件事故の損害賠償として、被告から前記のとおり松本病院の治療費として七万九七六〇円、休業損害として二二〇万六五〇〇円の支払いを受けたところ、原告らは、右休業損害分については原告会社の損害の填補に充てられたものと主張する。

しかしながら、原告片山と原告会社の関係は前記のとおりであり、本件においては、右支払分は原告片山の損害の填補に充てられるべきものというべきである。

(2) そして、また、乙三八号証によれば、被告は、右以外に、次のとおり一二万二四二〇円を本件損害の填補として支払つたことが認められる。

ア グリーン薬局分 一万七四〇〇円

イ 大阪赤十字病院分 四万八〇七〇円

ウ 日本橋病院分 五万六九五〇円

(3) したがつて、これらを前項記載の原告片山の損害額から控除すると、被告深瀬が原告片山に賠償すべき残損害額は、六一四万九五八二円となる。

(一〇) 弁護士費用 六〇万円

本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、六〇万円と認めるのが相当である。

(以上の片山の損害額合計 六七四万九五八二円)

2 原告会社の請求について

(一) 企業損害

(1) 原告会社は、原告片山が一人で働いて収益を上げていた会社であり、本件事故により同原告が完全に就労できなかつたために損害を被つたと主張する。

(2) しかしながら、前記のとおり、原告会社と原告片山とは経済的一体の関係にあり、原告片山の休業損害として評価した以上に原告会社ないしは原告片山に損害が生じたものとは到底認めることができない。

また、原告片山の症状固定後の損害についても、それは原告片山の後遺障害に基づく損害として実質的に評価、算定してあるというべきであり、これを超えて原告会社に本件事故と相当因果関係のある損害が生じたものと考えることはできず、原告会社の請求はすべて失当というべきである。

(二) 弁護士費用

本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用相当の損害を認めることができないことは明らかである。

三  被告保険会社に対する請求について

1  搭乗者傷害保険金 二四九万円

(一) 医療保険金 二〇九万円

(1) 前記のとおり、本件事故と相当因果関係のある入院治療期間は七〇日間であり、その余の入院期間は通院治療で足りるというべきであり、また、本件事故から一八〇日までの入院日数は七〇日、通院日数(通院治療日数)は一〇四日であると認められる。

(2) そして、前記原告片山の傷害の内容、程度、入院の経緯に照らし、同原告が生活機能又は業務能力の滅失又は減少をきたし、かつ、医師の治療を要したことは明らかであるから、同原告の請求しうべき医療保険金は次のとおりとなる。

ア 入院保険金 一〇五万円

15,000×70=1,050,000

イ 通院保険金 一〇四万円

10,000×104=1,040,000

(二) 後遺障害保険金 四〇万円

(1) 前記のとおり、原告片山の後遺障害は、自賠法施行例二条別表後遺障害別等級表の一四級一〇号に該当するものというべきであり、これは、搭乗者傷害条項第六条(後遺障害保険金)一項別表Ⅰに定める第一二級ヲの「局部に頑固な神経症状を残すもの」には該当しないというべきであるが、同表第一四級ヌの「局部に神経症状を残すもの」には該当するものと認められる。

(2) 同表第一四級に該当する場合、その後遺障害保険金は、保険金額の四パーセントとされているから(乙一一号証の1ないし4)、原告片山の請求しうべき後遺障害保険金は四〇万円となる。

2  積立フアミリー交通傷害保険金 八七万七五〇〇円

(一) 本件事故と相当因果関係のある入院治療日数及び通院日数は前記のとおりであるところ、原告片山の入院については、本件受傷の直接の結果として外傷性頸部症候群の症状を呈し、医師の指示に基づき病院に入院し、かつ、平常の業務にできない状態に陥り、または、積立フアミリー交通傷害保険約款第四章一五条二項別表(2)の7「神経系統または精神の障害のため身体の自由が主に摂食、洗面等の起居動作に限られている」状態になつていたものと認められ、したがつて、生活機能または業務能力の滅失をきたし、かつ、医師の治療を受けたもの(約款第四章一五条)ということができ、さらに、通院については、生活機能または業務能力の減少をきたし、かつ、入院によらないで医師の治療を受けた場合にあたると認めることができる。

(二) 右によれば、原告片山の請求しうべき保険金額は、次のとおり八七万七五〇〇円となる(ただし、通院保険金については、一六条一項により、九〇日を限度とされる。――甲三八号証の3)。

(1) 入院分 四七万二五〇〇円

6,750×70=472,500

(2) 通院分 四〇万五〇〇〇円

4,500×90=468,000

(以上1及び2の合計 三三六万七五〇〇円)

四  結論

以上のとおりであるから、原告片山の被告深瀬に対する請求は、六七四万九五八二円及びこれに対する不法行為の日である平成元年一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、原告片山の被告保険会社に対する請求は、三三六万七五〇〇円及び請求のあつた日の平成元年八月八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、これらを認容することとするが、原告片山の被告らに対するその余の請求並びに原告会社の被告深瀬に対する請求は失当であるからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 二本松利忠)

別紙 〈省略〉

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